仏詣&旅のアルバム


by massira
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タグ:新西国33巡礼 ( 11 ) タグの人気記事

3番 雲松山 鶴満寺

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長柄國分寺から東にものの1分 交差点の向こうに八角楼が見えています

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ご詠歌
なにわ江の
昔ながらの 鶴満寺
今も変らぬ 法のみ光り


宗 派:天台真盛宗
本 尊:阿弥陀如来(本堂)
    子安観世音菩薩(観音堂)

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本堂
ご本尊は慈覚大師の作といわれる阿弥陀如来
伝・定朝作の地蔵菩薩が安置されています
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百体観音堂
西国33 秩父34 坂東33各霊場の
計百体の観音像が祀られています
新西国33ヶ所霊場のご本尊 子安観音菩薩もここに安置されています
子安観音は霊元法皇の皇子・勝ノ宮の安産を祈願し
新大納言お局が刻まれた聖観音像です
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現存のお堂は昭和8年に再建されたもの
入母屋造の屋根の上には八角形の楼閣という とても印象的な建造物です
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手前の鐘楼の梵鐘は太平10年(中国年号で西暦1030年)在銘の
高麗時代初期に製造された朝鮮銅鐘です
国の重要文化財の指定をうけています
山口県普済寺の土中から掘り出され
毛利藩より寄進されたものだそうです
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猫除け・・・でしょうか
可愛らしいオブジェが整然と並んでました

江戸中期 隆盛を誇った鶴満寺には
たくさんのしだれ桜が植えられていて
大坂近郊有数の桜の名所であったそうです
上方落語にこのお寺の桜を題材にした「鶴満寺」というお噺があります
・・・花見の時期 寺を留守にすることになった和尚さん
   留守を預かる寺男に
   酒飲み騒ぐような輩は 決して境内へ入れないようにと
   強く言い聞かせ出掛けます
   さっそく寺男の知り合いが 花見をさせろとやってきて
   寺男もはじめは断るものの 心づけを渡され
   ついつい入れてしまいます
   揚げ句 一緒になってドンチャン騒ぎを始めてしまうのでした
   ・・・というお話

境内はその後一変 しだれ桜も失われて今はもうありません
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ひっきりなしに飛行機が上空を行き交っています


さて最後に
天神橋筋商店街を南下し 大阪天満宮を目指します
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by massira | 2007-02-10 08:34 | 巡礼/新西国

2番 佳木山 太融寺

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太融寺は
大阪キタの繁華街にほど近い
新西国三十三観音霊場 第二番札所です

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ご詠歌
逢ひがたき
法の佳木を 得たる身は
苦しき海に などか沈まむ

宗 派:高野山真言宗
本 尊:千手千眼観世音菩薩
開 基:弘法大師

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駅方向を向く「西門」から境内に入ります
西門の手前右側には『源融公之旧跡』の碑
淳和天皇の時代
左大臣・源融(みなもとのとおる)が伽藍の建立にあたり
寺名も彼の名に因んで付けられています
ご本尊の千手千眼観世音菩薩は嵯峨天皇の念持仏
境内中央の「本堂」は昭和35年の再建で
ご本尊以外はすべて 度重なる戦火で焼失してしまったそうです
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第51代横綱 玉の海正洋の碑
横綱になってわずか10場所で現役中に無念の死を遂げた玉の海
彼の死を悼んで 大阪の後援会が建てたものです
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白龍神社
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観音像はぼけ封じ33観音
太融寺は第七番札所です
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境内の北西隅には淀殿の墓があります
奥の六重の石塔がそれ
かつて「淀君」という呼び方が一般的でしたが
「淀君」の「君」は遊女を指す言葉だそうで
現在では殆ど使われなくなりました
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千成地蔵尊
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芭蕉句碑
「しら菊の 目に立て見る 塵もなし」
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境内の東北隅には朱塗りの「宝塔」
手前は弘法大師像
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塔の一層は「一願堂」
奥の院の小さな滝を背に
不動明王が安置されています
「一願不動」と呼ばれ
諸願成就の霊験あらたかで
多くの参詣者が訪れるそうです
近畿36不動尊にも数えられます

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奥の院
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マニ車
マニ車とはお経の入った円筒状の筒のこと
1度回すと 中のお経を1度読むのと同じ功徳が得られます
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九山八海庭

さて お次は・・・
天神橋筋へ電車で移動します
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by massira | 2007-02-07 08:37 | 巡礼/新西国

15番 新京極 誓願寺

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宗派:浄土宗西山深草派総本山
本尊:阿弥陀如来、聖観世音菩薩
開基:天智天皇の勅願

誓願寺は
 新京極の繁華街にある
 新西国三十三観音霊場
 第十五番札所です

御詠歌
人波に
おされながらも 誓願寺
心にふかく 頼みきにけり

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外からすでに ご本尊・阿弥陀如来と目があってしまいました
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扇塚
謡曲『誓願寺』で
和泉式部が歌舞の菩薩となってあらわれれることから
能楽など芸能の世界に生きる人達に
次第に信仰が広まっていきました
さらには誓願寺55代住職・安楽庵策伝上人が
「落語の元祖」と呼ばれていることもあって
芸道上達を祈念し
舞踊や落語に使われる扇子が奉納されるようになったそうです
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奉納されたたくさんの扇子
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鐘楼
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北向地蔵尊

昔から女人往生の寺と呼ばれ
清少納言が 剃髪し仏道に入られたお寺としても有名です
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by massira | 2007-01-27 12:15 | 巡礼/新西国
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今出川通から路地に入ると突き当たりに見えているのが
お目当ての大報恩寺 通称千本釈迦堂です

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宗 派:真言宗智山派
本 尊:釈迦如来、六観音
開 基:求法上人義空

ひとすぢに 仏の教 たどりなば
千本の道も 迷わざるらむ





鎌倉時代のはじめ頃 藤原秀衡の孫である求法上人義空が
釈迦念仏の道場として釈迦如来像・十大弟子像を安置したのが始まり
義空は比叡山で天台密教を会得した後 この地に諸伽藍を建立しました
本尊である釈迦如来像にちなんで「釈迦堂」と云われますが
嵯峨の清凉寺釈迦堂と区別するため千本釈迦堂と呼ばれます
“千本”とは南北に走る千本通の近くに建つことから
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本堂は檜皮葺きの寝殿造り
応仁の乱をはじめ数度に及ぶ戦火や大火から免れ
市内に現存する寺院としては最も古い国宝建造物のひとつです
ご本尊は行快作の「釈迦如来座像」ですが 秘仏で見られず
内陣の柱には応仁の乱の時つけられたという刀傷が多数残っていました
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本堂奥に建つ“千体地蔵塔”
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寺務所裏手にある「霊宝館」は必見!
数多くの寺宝が展示・公開されていますが
定慶作の「六観音像」や 快慶晩年の作「釈迦十大弟子像」などが
ズラリと立ち並ぶその様には ただただ圧倒されてしまいます
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北野経王堂
明徳の乱で敗戦死した山名氏清とその一族 さらには
戦いに倒れた敵・味方兵士を弔うため
足利義満が建立したとされる北野経王堂願成就寺が
後に解体縮小し移されたのがこのお堂なのだそうです
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不動明王堂には山名氏由来の念持仏が祀られています
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「おかめ像」
上人が本堂を建てる際 当時名工として名を馳せていた
飛騨の匠 高次を総棟梁に迎えます
高次は数百人におよぶ大工たちを束ね 工事に挑みますが
本堂を支える親柱のうち一本を 誤って短く切り落としてしまいます
途方に暮れる高次を見かねた妻の阿亀(おかめ)は
「柱を短く切り揃え 桝組を入れて高さを合わせては?」
と進言しました
高次はこの方法を取り入れ無事本堂を完成させますが
阿亀は「女の入れ知恵で完成させたと云われては夫の恥」と考え
上棟式の前日 本堂の完成を待たずに自害してしまうのです
高次は妻の献身に涙し
上棟式には御幣におかめの面を飾って冥福を祈ったそうです
この話が大工たちに受け継がれ おかめ信仰が広まりました
このおかめ像も信者らによって建てられたもの
右隣には 江戸時代の半ばにたてられた宝篋印塔
「おかめ塚」があります
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ぼけ封じ観音は“ボケ封じ近畿十楽観音霊場”のひとつ
そろそろ自分の記憶力に不安を感じるお年頃 笑
しっかり手を合わせてきました
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縛られて雨ざらしでも“破顔一笑”布袋尊
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寺務所の屋根にも鬼瓦ならぬおかめ瓦が!

さてお次は・・・
“天神さん”北野天満宮へ向かいます
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by massira | 2007-01-20 20:18 | 巡礼/新西国
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橘寺は
 太子建立七ヵ寺の一つ
 新西国三十三観音霊場
 第十番札所です

ご詠歌
仏いで
花ふるにはの ありけるに
遠きくにとは 何おもうらん




天皇の命により 不老不死の果実を探しにいった田道間守が
常世の国から持ち帰った橘の実をここに植えた というのが
寺名の由来と伝えられています

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東門から入りました
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門前には寺名に因んで?柑橘系の実が成っていました
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本堂(太子堂)は工事中
奥の奥には聖徳太子35歳の像が鎮座ましています
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観音堂
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如意輪観音坐像は藤原時代の作 ステキです〜
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三光石
聖徳太子が勝鬘経の講義を行った時に
冠が日・月・星の光を放ったのだそうです
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二面石
左の悪面は寺の外 右の善面は本堂を向いています
表と裏で人の心の善悪二相一心を表します
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往生院の華天井
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太子生誕の地碑
聖徳太子は572年 この地で誕生したと伝えられています
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by massira | 2006-12-29 15:19 | 巡礼/新西国

9番 鳥形山 飛鳥寺

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飛鳥寺は
新西国三十三観音霊場
第九番札所です

ご詠歌
うきことの
消ゆるもけふか 飛鳥寺
末やすかれと 祈る身なれば


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なんと撮影OK!
とはいうものの さすがにフラッシュは自主規制しました
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飛鳥大仏は銅造の釈迦如来坐像(重文)
製造年のわかっているものとしては日本最古の鋳造大仏です
堂宇の焼失をも乗り切って 約1400年
この場所に鎮座ましていらっしゃいます
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聖徳太子16歳の像
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飛鳥寺西にある広場で蹴鞠会が行われたとき
中大兄皇子と中臣鎌足は出会いました
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阿弥陀如来像は藤原時代の作
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とっても魅力的な大黒様
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思惟殿
新西国の観音様はこちらにおわします
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鐘楼
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by massira | 2006-12-21 23:47 | 巡礼/新西国

23番 宝積山 能福寺

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能福寺は新西国三十三観音霊場の
第二十三番札所です


ご詠歌
ただ法の 宝を積みて はるばると
  運ぶ歩みの 楽しかりけり


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なんといっても兵庫大仏!
戦前は日本三大仏の一つに数えられていましたが
太平洋戦争末期に金属供出により解体されたため
現在は二代目(平成三年再建)です
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平相国廟
清盛の800回忌を記念し建立されました
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ジョセフ・ヒコの英文碑
ジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)はペリー来日時の通訳として活躍されました
我が国初の民間による新聞を発行した人でもあり
「新聞の父」と呼ばれます
神戸を訪れた外国人が兵庫大仏へ多数参拝に来たことから
当時の住職がジョセフ・ヒコに依頼して
縁起を英文にしたものを製作させたのだそうです
わが国初の英文碑と言われています
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滝善三郎正信慰霊碑
神戸事件の責を一身に背負い切腹した滝善三郎の慰霊碑です
慰霊碑は切腹した永福寺に建てられましたが
空襲で寺が焼失 この碑のみ焼け残ったそうです
百回忌を迎える際 この地に移されました
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本坊でご朱印をいただきました
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ざくろ発見
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最後にもう一度 大仏様のご尊顔を拝してお寺をあとにしました
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by massira | 2006-11-25 00:54 | 巡礼/新西国

太山寺搭頭・安養院

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最後立ち寄ったのは太山寺の子院・安養院
現在庭園の特別公開中です
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枯山水式庭園は安土桃山時代の作庭
陽射しが強すぎてうまく撮れてませんでした
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仏手石手水鉢
掌に水を流すと人差し指と中指の間から排水されます
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囲炉裏に火が焼べられていました
素敵な休憩スペースです
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茅葺き屋根の書院
江戸中期の民家を二棟移築して繋ぎあわせたものだそうです
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by massira | 2006-11-08 00:26 | 巡礼/新西国

太山寺奥の院

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川沿いの道に出たところで思わず
おぉ〜っ! と声が出てしまいました
奥の院入り口は閼伽井橋です
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稲荷舎
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こんな立て看板も
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地蔵堂は一願地蔵
一つだけ願い事を叶えてくださいます
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この先に磨崖仏がありますが
この日は立ち入り禁止になっていました
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by massira | 2006-11-07 08:36 | 巡礼/新西国

25番 三身山太山寺

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太山寺は新西国三十三観音霊場の
第二十五番札所です


ご詠歌
祈りなば 三つの世やすし 三身山
 浮世のほかの 月の照らして


本堂は神戸唯一の国宝だそうです

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バス停を降りるとすぐそこが仁王門です
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バランスの良い肢体を持つ仁王様が睨みを利かせています
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境内に入ると正面に本堂 右手に美しい三重塔が聳えます
初層を覗くと大日如来と四天王立像のお姿
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阿弥陀堂
真っ暗な堂内に丈六の阿弥陀如来が浮かび上がります
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護摩堂
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地蔵尊
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羅漢堂
この裏手には釈迦堂 残念ながら中はみられません
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太子堂
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三重塔の脇を通って奥の院へ向かいます
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by massira | 2006-11-05 22:03 | 巡礼/新西国