仏詣&旅のアルバム


by massira
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雲のカタチ

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雨上がりの夕焼け空
このあと まだまだお仕事続きました(泣
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by massira | 2007-02-15 23:50 | お出かけ

天神橋筋商店街

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7丁目(てんひち)から南下すること2km強
かつて「十丁目筋商店街」と呼ばれていた天神橋筋商店街は
その全長が日本一とも言われます
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天満天神繁盛亭
関西では60年ぶりに復活した落語専門の定席
毎日昼と夜 公演が開かれるそうです

この寄席の南すぐに
大阪天満宮があります
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by massira | 2007-02-11 23:57 | お出かけ
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by massira | 2007-02-03 23:54 | ご近所の猫

三宮神社

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元町・大丸神戸店の斜め向かい 繁華街にこじんまり建っています
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生田神社の摂社で 生田裔神八社の三柱目・湍津姫命を祀ります
湍津姫命(たきつひめのみこと)は水の神様で
航海の安全と商工業の繁栄にご利益があるのだとか
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手水所
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「史蹟 神戸事件発生地」碑
事件は戊辰戦争の只中
1868年(慶応4年)明治元年1月11日におこります
概要はというと・・・
備前藩家老・日置帯刀率いる藩兵らが 新政府の要請を受けて
摂津西宮の警備をするため 西国街道を東に向かっていました
三宮神社の付近を通りかかった時
フランス人水兵があろうことか 隊列に割り込み横断しようとします
これは日本では「供割(ともわり)」と呼ばれるとても無礼な行為
制止しようとする藩兵との間で小競り合いがおこってしまいました
砲兵隊長の滝善三郎は 水兵が銃を構えたのを見て
「鉄砲!鉄砲!」と叫ましたが
それを藩兵が発砲命令と取り違えて発砲し
銃撃戦になってしまったのです
数名の軽傷者がでた程度でその場は収まったものの
直後 神戸に領事館を持つ列強諸国が居留地防衛の名目で
陸戦隊を上陸させ 神戸の中心部を軍事統制下に置いてしまったのです
結局滝善三郎が責任を一身に負い
同年2月9日永福寺にて切腹したことで
ようやく事態は収束しました
先日訪れた兵庫大仏・能福寺に 滝善三郎供養塔が建てられています
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境内には大砲が一門
神戸事件の時代のものだそうです
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源平一ノ谷の合戦“東城戸の戦い”で戦死した源氏の勇士
河原太郎・次郎を祀る霊社です
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by massira | 2007-02-01 08:24 | 神戸散策

ご近所の猫/三宮神社編

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by massira | 2007-01-28 11:31 | ご近所の猫

北野天満宮

天神様 菅原道真公を祀ります

菅原道真公は無実の罪で配流され 大宰府で没しますが
彼の死後 都では天災や疫病が相次ぎ
道真の祟りでは・・と噂がたち 人々に恐れられました
 
右京七条の巫女・多治比文子(たじひの あやこ)に
『われを北野の右近の馬場に祀れ』 と天神のご神託があり
この地に道真を祀る社殿を造営したのが天満宮の始まりとされています
江戸時代に入ると道真の御霊としての性格は薄れ 学問の神として
広く信仰されるようになり 寺小屋などで道真公の分霊が祀られました
いつしか「天神さん」の愛称で親しまれ 受験生の合格祈願で
有名な神社として 広く知られるようになりました
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楼門
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牛は天神様のお使いです 楼門をくぐるとすぐに赤目の臥牛像発見
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楼門左手にある絵馬所
ここで奉納する絵馬に願い事をしたためます
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絵馬掛所
毎年十数万にもおよぶおびただしい数の絵馬が奉納されるそうです
この日もいろんなお願い事を絵馬に託す人たちが列なしてました
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撫で牛
大宰府にて生涯を閉じられた菅公は
『我が亡骸を牛車にて運び 牛が伏した地に埋葬するように』
という遺言を残します
そうして 牛が横たわり動かなくなった場所に御墓所が設けられ
社殿を建立して 神霊を御奉祀する神社が建てられました
これが大宰府天満宮の発祥のいわれです
撫で牛はそのとき横たわった牛を模したもの
自分の身体で治したい所を撫でてから
牛の像の同じ箇所を撫でると病気が治るといわれます
頭と角には学芸上達・試験合格の効能も!
よく撫でられて ピカピカです
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三光門(中門)
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拝殿
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地主神社
北野天満宮ご鎮座以前からの地主の神で 境内でもっとも古いお社です
本殿は一般的に楼門の真正面に建ちますが
天満宮創建の際には 既に正面に建っていた地主神社を避けたため
やや西よりにずれた位置に本殿が建てられたのだそうです
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末社 文子天満宮
北門近くにたつこのお社は 道真のご神託を受けた多治比文子を祀ります
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by massira | 2007-01-24 00:44 | お出かけ

旧国立移民収容所

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JR元町駅から鯉川筋を北へ数分
移住坂を登ると 突き当たりに五階建ての古い建物
旧国立移民収容所が見えてきます
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入り口には『ブラジル移民発祥の地』碑
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一階東側の移住資料室

1928年の開設から71年閉鎖されるまで
約25万人がここから新天地に向け 旅立って行ったのだそうです

第1回の移民船「笠戸丸」が ブラジルへ向け日本を発ったのは1908年
来年100周年を迎えます
この旧収容所も『国立海外日系人会館』(仮)と改称され
生まれ変わる予定です
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by massira | 2007-01-16 23:58 | 神戸散策

ご近所の猫/移住坂編

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by massira | 2007-01-15 08:09 | ご近所の猫
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by massira | 2007-01-12 08:21 | ご近所の猫

鏡の井

在原行平は平安時代の歌人で 在原業平のお兄さん
小倉百人一首ほか 多くの歌を残しています
『立ちわかれ いなばの山の 峰におふる
   まつとしきかば 今かへりこむ』中納言行平

光孝天皇の怒りにふれ 須磨へと流された行平は
汐汲みにきていた多井畑村の長の娘 “もしほ”と“こふじ” を見初めます
松風・村雨と名づけられ 愛された姉妹が
水鏡として使っていたという「鏡の井」と呼ばれる泉がコチラ
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多井畑厄除八幡宮のほど近く 住宅地の路地のただ中にありました

後日談は 能楽の演目『松風』でよく知られていますね
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by massira | 2007-01-10 23:53 | 神戸散策