仏詣&旅のアルバム


by massira
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霊亀山 天龍資聖禅寺

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京都五山のひとつ
天龍寺は
足利尊氏が
後醍醐天皇の菩提を弔うため
嵐山を背景とする亀山離宮を
禅寺にあらためた
臨済宗天龍寺派の総本山です

宗 派:臨済宗天龍寺派
本 尊:釈迦如来
開 基:夢窓国師


ご朱印は通常300円ですが こちらは200円也
実は判子 ・・・ちょっとがっかりです
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蓮池
花の季節は壮観でしょうね
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参道の先に庫裏が見えてきました
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庫裏 この左手に大方丈(本堂)があります
大方丈中央には釈迦如来像が安置されていますが
そのご尊顔を拝することはできませんでした
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曹源池庭園
夢窓国師作庭の廻遊式庭園です
池の前庭には州浜形の汀や島が配せられ
嵐山や亀山を借景として取り入れています
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池に面して龍の襖絵が描かれていました
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書院から延びる廊下の先に「多宝殿」が建てられています
写真は振り向いた状態 書院側をのぞむ図
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多宝殿は後醍醐天皇が幼少の折 勉学し成人した場所で
後醍醐天皇の聖廟として 天皇の像が安置されています
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多宝殿奥の百花苑
この時期 椿と蝋梅が見頃でした
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望郷の丘
意外と遠くまで見渡せます
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法堂
蛤御門の変で焼失した法堂の代わりに 
旧坐禅堂(選仏場)が移築されたものです
須弥檀の中央には 釈迦・文殊・普賢の釈迦三尊像が鎮座
天井には加山又造画伯による雲龍図
直径9m 巨大な八方睨みの龍が躍動していました
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by massira | 2008-02-06 00:32 | 仏詣/京都

旅先の猫/天龍寺編

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嵯峨嵐山駅から天龍寺へむかう途中
ふと見上げた先に・・・いました
もう少し寄れたら良かったのですけれど・・・
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by massira | 2008-01-30 23:30 | 旅先の猫
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藤原鎌足を祖先に持つ日野家の菩提寺です
浄土真宗の開祖・親鸞上人ご誕生の地でもあります
平安時代末には多くの堂宇が建ち 隆盛を誇りましたが
度重なる戦火によって失われ
現在は阿弥陀堂と薬師堂を残すのみとなりました

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法界寺は西国薬師第38番
安産や授乳にご利益のある
「乳薬師」と親しまれるお寺です

宗 派:真言宗醍醐派
本 尊:薬師如来
開 山:藤原家宗卿

御詠歌
おさなごは
つゑよはしらの  ひのやくし
ちちをたまわる  ははとこそしれ

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薬師堂(本堂、重文)
現在の建物は明治37年(1904)に
奈良県龍田の伝燈寺本堂を移築したものだそうです
内陣厨子に安置されているご本尊・薬師如来立像は
平安時代後期の作(秘仏)
日野家に代々伝わる伝教大師・最澄自刻の三寸の薬師像が
胎内仏としておさめられていたことから
安産や授乳にご利益がある「乳薬師」として
妊婦さんらに厚く信仰され 親しまれています
祈願すれば妊婦の乳の出も良くなる? のだとか
堂内にはよだれ掛けがたくさん奉納され 掛けられていました

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阿弥陀堂(国宝)
鎌倉時代初期の建築
平等院の鳳凰堂と時を同じくして建てられましたが 承久の乱で焼失
ほどなく再建されたものです
五間五面の桧皮葺・宝形造 藤原時代の様式を残す貴重な建築物です

中央に鎮座する国宝阿弥陀如来像は11世紀末 名仏師・定朝の作
藤原時代らしいおだやかな表情の丈六仏は 寄木造の漆箔
光背には透かし彫りの飛天が軽快に舞っています
また 内陣の壁には天人壁画が
四本の柱には金剛界曼荼羅の諸像六十四像と宝相華唐草が描かれていて
創建当時の色彩をわずかに残しています。
残念ながらこの日は雪もちらつく曇天で堂内は暗く
ご住職は懐中電灯片手に説明してくださいました
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阿弥陀堂裏手の鐘楼
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by massira | 2008-01-29 00:45 | 仏詣/京都

15番 新京極 誓願寺

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宗派:浄土宗西山深草派総本山
本尊:阿弥陀如来、聖観世音菩薩
開基:天智天皇の勅願

誓願寺は
 新京極の繁華街にある
 新西国三十三観音霊場
 第十五番札所です

御詠歌
人波に
おされながらも 誓願寺
心にふかく 頼みきにけり

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外からすでに ご本尊・阿弥陀如来と目があってしまいました
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扇塚
謡曲『誓願寺』で
和泉式部が歌舞の菩薩となってあらわれれることから
能楽など芸能の世界に生きる人達に
次第に信仰が広まっていきました
さらには誓願寺55代住職・安楽庵策伝上人が
「落語の元祖」と呼ばれていることもあって
芸道上達を祈念し
舞踊や落語に使われる扇子が奉納されるようになったそうです
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奉納されたたくさんの扇子
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鐘楼
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北向地蔵尊

昔から女人往生の寺と呼ばれ
清少納言が 剃髪し仏道に入られたお寺としても有名です
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by massira | 2007-01-27 12:15 | 巡礼/新西国

北野天満宮 その2

“東風吹かばにほひをこせよ梅花 主なしとて春を忘るな”

 ー菅原道真が無実の罪で九州・大宰府へ左遷される際
   自宅に咲く梅の花を見て詠んだ句と言われています

北野天満宮は梅の名所
境内いたる所に植えられていますが
花の季節はもう少し先のようです
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蝋梅はすでにちらほらと 咲き出しています
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早咲きの梅には先客がいました
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灯籠も梅の花
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by massira | 2007-01-25 00:31 | お出かけ

北野天満宮

天神様 菅原道真公を祀ります

菅原道真公は無実の罪で配流され 大宰府で没しますが
彼の死後 都では天災や疫病が相次ぎ
道真の祟りでは・・と噂がたち 人々に恐れられました
 
右京七条の巫女・多治比文子(たじひの あやこ)に
『われを北野の右近の馬場に祀れ』 と天神のご神託があり
この地に道真を祀る社殿を造営したのが天満宮の始まりとされています
江戸時代に入ると道真の御霊としての性格は薄れ 学問の神として
広く信仰されるようになり 寺小屋などで道真公の分霊が祀られました
いつしか「天神さん」の愛称で親しまれ 受験生の合格祈願で
有名な神社として 広く知られるようになりました
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楼門
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牛は天神様のお使いです 楼門をくぐるとすぐに赤目の臥牛像発見
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楼門左手にある絵馬所
ここで奉納する絵馬に願い事をしたためます
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絵馬掛所
毎年十数万にもおよぶおびただしい数の絵馬が奉納されるそうです
この日もいろんなお願い事を絵馬に託す人たちが列なしてました
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撫で牛
大宰府にて生涯を閉じられた菅公は
『我が亡骸を牛車にて運び 牛が伏した地に埋葬するように』
という遺言を残します
そうして 牛が横たわり動かなくなった場所に御墓所が設けられ
社殿を建立して 神霊を御奉祀する神社が建てられました
これが大宰府天満宮の発祥のいわれです
撫で牛はそのとき横たわった牛を模したもの
自分の身体で治したい所を撫でてから
牛の像の同じ箇所を撫でると病気が治るといわれます
頭と角には学芸上達・試験合格の効能も!
よく撫でられて ピカピカです
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三光門(中門)
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拝殿
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地主神社
北野天満宮ご鎮座以前からの地主の神で 境内でもっとも古いお社です
本殿は一般的に楼門の真正面に建ちますが
天満宮創建の際には 既に正面に建っていた地主神社を避けたため
やや西よりにずれた位置に本殿が建てられたのだそうです
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末社 文子天満宮
北門近くにたつこのお社は 道真のご神託を受けた多治比文子を祀ります
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by massira | 2007-01-24 00:44 | お出かけ
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今出川通から路地に入ると突き当たりに見えているのが
お目当ての大報恩寺 通称千本釈迦堂です

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宗 派:真言宗智山派
本 尊:釈迦如来、六観音
開 基:求法上人義空

ひとすぢに 仏の教 たどりなば
千本の道も 迷わざるらむ





鎌倉時代のはじめ頃 藤原秀衡の孫である求法上人義空が
釈迦念仏の道場として釈迦如来像・十大弟子像を安置したのが始まり
義空は比叡山で天台密教を会得した後 この地に諸伽藍を建立しました
本尊である釈迦如来像にちなんで「釈迦堂」と云われますが
嵯峨の清凉寺釈迦堂と区別するため千本釈迦堂と呼ばれます
“千本”とは南北に走る千本通の近くに建つことから
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本堂は檜皮葺きの寝殿造り
応仁の乱をはじめ数度に及ぶ戦火や大火から免れ
市内に現存する寺院としては最も古い国宝建造物のひとつです
ご本尊は行快作の「釈迦如来座像」ですが 秘仏で見られず
内陣の柱には応仁の乱の時つけられたという刀傷が多数残っていました
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本堂奥に建つ“千体地蔵塔”
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寺務所裏手にある「霊宝館」は必見!
数多くの寺宝が展示・公開されていますが
定慶作の「六観音像」や 快慶晩年の作「釈迦十大弟子像」などが
ズラリと立ち並ぶその様には ただただ圧倒されてしまいます
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北野経王堂
明徳の乱で敗戦死した山名氏清とその一族 さらには
戦いに倒れた敵・味方兵士を弔うため
足利義満が建立したとされる北野経王堂願成就寺が
後に解体縮小し移されたのがこのお堂なのだそうです
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不動明王堂には山名氏由来の念持仏が祀られています
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「おかめ像」
上人が本堂を建てる際 当時名工として名を馳せていた
飛騨の匠 高次を総棟梁に迎えます
高次は数百人におよぶ大工たちを束ね 工事に挑みますが
本堂を支える親柱のうち一本を 誤って短く切り落としてしまいます
途方に暮れる高次を見かねた妻の阿亀(おかめ)は
「柱を短く切り揃え 桝組を入れて高さを合わせては?」
と進言しました
高次はこの方法を取り入れ無事本堂を完成させますが
阿亀は「女の入れ知恵で完成させたと云われては夫の恥」と考え
上棟式の前日 本堂の完成を待たずに自害してしまうのです
高次は妻の献身に涙し
上棟式には御幣におかめの面を飾って冥福を祈ったそうです
この話が大工たちに受け継がれ おかめ信仰が広まりました
このおかめ像も信者らによって建てられたもの
右隣には 江戸時代の半ばにたてられた宝篋印塔
「おかめ塚」があります
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ぼけ封じ観音は“ボケ封じ近畿十楽観音霊場”のひとつ
そろそろ自分の記憶力に不安を感じるお年頃 笑
しっかり手を合わせてきました
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縛られて雨ざらしでも“破顔一笑”布袋尊
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寺務所の屋根にも鬼瓦ならぬおかめ瓦が!

さてお次は・・・
“天神さん”北野天満宮へ向かいます
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by massira | 2007-01-20 20:18 | 巡礼/新西国

深雪山 上醍醐寺


西国三十三観音 十一番札所は
 霊泉・醍醐水の湧く伏見の古刹です
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本堂「准胝堂」
准胝観世音菩薩を祀るのは西国巡礼唯一ここだけです
秘仏で年1回 5月18日に御開扉されます

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宗 派:真言宗醍醐派総本山
本 尊:准胝観世音菩薩
開 基:理源大師


 逆縁も
 もらさで救う 願なれば
 准胝堂は たのもしきかな

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醍醐水
弘法大師の孫弟子にあたる理源大師が
都の東南に五色輝く雲を見て そちらへ向かうと
山の神・横尾明神の化身が老人の姿で現れます
老人はそこに湧き出る水を飲み “あぁ 醍醐味なるかな” と
のたまったのだそうです
「醍醐寺」の寺号の由来となりました
霊泉はいまも湧き
参道を登り辿り着いた巡礼者の喉を潤しています
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清滝宮拝殿
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五大堂

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五大明王が祀られます
毎年2月23日には
五大力尊仁王会が行われ
国家安康と万民の豊楽を祈ります
「五大力さん」の名で親しまれ
多くの参拝客が訪れるそうです
五大力尊の“御影”は
災難・盗難除けのご利益があります
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如意輪堂
開基・理源大師が自作の如意輪観音を奉安
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大阪キタのビル群も見えていますが・・・
私のコンデジでは無理っぽいです
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開山堂
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あったかそうですね
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白山大権現

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岩間寺まで続いているそうです
6kmほどの山道です
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by massira | 2006-12-04 08:31 | 巡礼/西国三十三

上醍醐寺参道

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女人堂
かつてはこの先は女人禁制で お百度石ならぬ“お千度石”があり
お千度参りで 山上でのお参りと同じ功徳があるとされました
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ここから約2.2キロの登山です
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ちょうど行程の半分の位置には休憩所
ここまでは比較的ゆるやかな登りでしたが
この先急な階段が続きます
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最後の登り すでに腿がブルブルになってましたが あと一息
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しばらく下って社務所入り口の脇を通り ようやく到着です
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by massira | 2006-12-02 10:30 | 仏詣/京都

深雪山 醍醐寺

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真言宗醍醐派の総本山です
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三宝院唐門
国宝に指定されています
門の内側は秀吉がつくらせた見事な庭園がありますが・・・
残念ながら撮影は禁止
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霊宝館
秋の一般公開中
10万点にもおよぶ寺宝を収蔵しているそうですが
公開されているのはほんのわずか
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国宝の五重塔
完成は951年 京都府下最古の建造物で
創建当時の姿をそのまま 今にとどめています
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金堂
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不動堂
不動明王の石像が立つ堂前は 護摩道場となっています
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祖師堂
真言宗開祖の空海と醍醐寺開創の理源大師が祀られます

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林泉と弁天堂
紅葉 見事です

さて 女人堂を経ていよいよ 西国巡礼最大の難所
上醍醐寺を目指します
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by massira | 2006-12-01 02:21 | 仏詣/京都