仏詣&旅のアルバム


by massira
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ご近所の猫/三宮神社編

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by massira | 2007-01-28 11:31 | ご近所の猫

15番 新京極 誓願寺

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宗派:浄土宗西山深草派総本山
本尊:阿弥陀如来、聖観世音菩薩
開基:天智天皇の勅願

誓願寺は
 新京極の繁華街にある
 新西国三十三観音霊場
 第十五番札所です

御詠歌
人波に
おされながらも 誓願寺
心にふかく 頼みきにけり

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外からすでに ご本尊・阿弥陀如来と目があってしまいました
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扇塚
謡曲『誓願寺』で
和泉式部が歌舞の菩薩となってあらわれれることから
能楽など芸能の世界に生きる人達に
次第に信仰が広まっていきました
さらには誓願寺55代住職・安楽庵策伝上人が
「落語の元祖」と呼ばれていることもあって
芸道上達を祈念し
舞踊や落語に使われる扇子が奉納されるようになったそうです
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奉納されたたくさんの扇子
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鐘楼
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北向地蔵尊

昔から女人往生の寺と呼ばれ
清少納言が 剃髪し仏道に入られたお寺としても有名です
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by massira | 2007-01-27 12:15 | 巡礼/新西国

北野天満宮 その2

“東風吹かばにほひをこせよ梅花 主なしとて春を忘るな”

 ー菅原道真が無実の罪で九州・大宰府へ左遷される際
   自宅に咲く梅の花を見て詠んだ句と言われています

北野天満宮は梅の名所
境内いたる所に植えられていますが
花の季節はもう少し先のようです
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蝋梅はすでにちらほらと 咲き出しています
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早咲きの梅には先客がいました
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灯籠も梅の花
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by massira | 2007-01-25 00:31 | お出かけ

北野天満宮

天神様 菅原道真公を祀ります

菅原道真公は無実の罪で配流され 大宰府で没しますが
彼の死後 都では天災や疫病が相次ぎ
道真の祟りでは・・と噂がたち 人々に恐れられました
 
右京七条の巫女・多治比文子(たじひの あやこ)に
『われを北野の右近の馬場に祀れ』 と天神のご神託があり
この地に道真を祀る社殿を造営したのが天満宮の始まりとされています
江戸時代に入ると道真の御霊としての性格は薄れ 学問の神として
広く信仰されるようになり 寺小屋などで道真公の分霊が祀られました
いつしか「天神さん」の愛称で親しまれ 受験生の合格祈願で
有名な神社として 広く知られるようになりました
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楼門
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牛は天神様のお使いです 楼門をくぐるとすぐに赤目の臥牛像発見
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楼門左手にある絵馬所
ここで奉納する絵馬に願い事をしたためます
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絵馬掛所
毎年十数万にもおよぶおびただしい数の絵馬が奉納されるそうです
この日もいろんなお願い事を絵馬に託す人たちが列なしてました
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撫で牛
大宰府にて生涯を閉じられた菅公は
『我が亡骸を牛車にて運び 牛が伏した地に埋葬するように』
という遺言を残します
そうして 牛が横たわり動かなくなった場所に御墓所が設けられ
社殿を建立して 神霊を御奉祀する神社が建てられました
これが大宰府天満宮の発祥のいわれです
撫で牛はそのとき横たわった牛を模したもの
自分の身体で治したい所を撫でてから
牛の像の同じ箇所を撫でると病気が治るといわれます
頭と角には学芸上達・試験合格の効能も!
よく撫でられて ピカピカです
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三光門(中門)
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拝殿
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地主神社
北野天満宮ご鎮座以前からの地主の神で 境内でもっとも古いお社です
本殿は一般的に楼門の真正面に建ちますが
天満宮創建の際には 既に正面に建っていた地主神社を避けたため
やや西よりにずれた位置に本殿が建てられたのだそうです
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末社 文子天満宮
北門近くにたつこのお社は 道真のご神託を受けた多治比文子を祀ります
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by massira | 2007-01-24 00:44 | お出かけ
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今出川通から路地に入ると突き当たりに見えているのが
お目当ての大報恩寺 通称千本釈迦堂です

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宗 派:真言宗智山派
本 尊:釈迦如来、六観音
開 基:求法上人義空

ひとすぢに 仏の教 たどりなば
千本の道も 迷わざるらむ





鎌倉時代のはじめ頃 藤原秀衡の孫である求法上人義空が
釈迦念仏の道場として釈迦如来像・十大弟子像を安置したのが始まり
義空は比叡山で天台密教を会得した後 この地に諸伽藍を建立しました
本尊である釈迦如来像にちなんで「釈迦堂」と云われますが
嵯峨の清凉寺釈迦堂と区別するため千本釈迦堂と呼ばれます
“千本”とは南北に走る千本通の近くに建つことから
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本堂は檜皮葺きの寝殿造り
応仁の乱をはじめ数度に及ぶ戦火や大火から免れ
市内に現存する寺院としては最も古い国宝建造物のひとつです
ご本尊は行快作の「釈迦如来座像」ですが 秘仏で見られず
内陣の柱には応仁の乱の時つけられたという刀傷が多数残っていました
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本堂奥に建つ“千体地蔵塔”
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寺務所裏手にある「霊宝館」は必見!
数多くの寺宝が展示・公開されていますが
定慶作の「六観音像」や 快慶晩年の作「釈迦十大弟子像」などが
ズラリと立ち並ぶその様には ただただ圧倒されてしまいます
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北野経王堂
明徳の乱で敗戦死した山名氏清とその一族 さらには
戦いに倒れた敵・味方兵士を弔うため
足利義満が建立したとされる北野経王堂願成就寺が
後に解体縮小し移されたのがこのお堂なのだそうです
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不動明王堂には山名氏由来の念持仏が祀られています
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「おかめ像」
上人が本堂を建てる際 当時名工として名を馳せていた
飛騨の匠 高次を総棟梁に迎えます
高次は数百人におよぶ大工たちを束ね 工事に挑みますが
本堂を支える親柱のうち一本を 誤って短く切り落としてしまいます
途方に暮れる高次を見かねた妻の阿亀(おかめ)は
「柱を短く切り揃え 桝組を入れて高さを合わせては?」
と進言しました
高次はこの方法を取り入れ無事本堂を完成させますが
阿亀は「女の入れ知恵で完成させたと云われては夫の恥」と考え
上棟式の前日 本堂の完成を待たずに自害してしまうのです
高次は妻の献身に涙し
上棟式には御幣におかめの面を飾って冥福を祈ったそうです
この話が大工たちに受け継がれ おかめ信仰が広まりました
このおかめ像も信者らによって建てられたもの
右隣には 江戸時代の半ばにたてられた宝篋印塔
「おかめ塚」があります
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ぼけ封じ観音は“ボケ封じ近畿十楽観音霊場”のひとつ
そろそろ自分の記憶力に不安を感じるお年頃 笑
しっかり手を合わせてきました
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縛られて雨ざらしでも“破顔一笑”布袋尊
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寺務所の屋根にも鬼瓦ならぬおかめ瓦が!

さてお次は・・・
“天神さん”北野天満宮へ向かいます
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by massira | 2007-01-20 20:18 | 巡礼/新西国

旧国立移民収容所

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JR元町駅から鯉川筋を北へ数分
移住坂を登ると 突き当たりに五階建ての古い建物
旧国立移民収容所が見えてきます
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入り口には『ブラジル移民発祥の地』碑
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一階東側の移住資料室

1928年の開設から71年閉鎖されるまで
約25万人がここから新天地に向け 旅立って行ったのだそうです

第1回の移民船「笠戸丸」が ブラジルへ向け日本を発ったのは1908年
来年100周年を迎えます
この旧収容所も『国立海外日系人会館』(仮)と改称され
生まれ変わる予定です
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by massira | 2007-01-16 23:58 | 神戸散策

ご近所の猫/移住坂編

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by massira | 2007-01-15 08:09 | ご近所の猫
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by massira | 2007-01-12 08:21 | ご近所の猫

鏡の井

在原行平は平安時代の歌人で 在原業平のお兄さん
小倉百人一首ほか 多くの歌を残しています
『立ちわかれ いなばの山の 峰におふる
   まつとしきかば 今かへりこむ』中納言行平

光孝天皇の怒りにふれ 須磨へと流された行平は
汐汲みにきていた多井畑村の長の娘 “もしほ”と“こふじ” を見初めます
松風・村雨と名づけられ 愛された姉妹が
水鏡として使っていたという「鏡の井」と呼ばれる泉がコチラ
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多井畑厄除八幡宮のほど近く 住宅地の路地のただ中にありました

後日談は 能楽の演目『松風』でよく知られていますね
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by massira | 2007-01-10 23:53 | 神戸散策

多井畑厄除八幡宮

初詣・神社編は
“日本最古の厄除の霊地”多井畑厄除八幡宮です
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拝殿
在原行平や源義経も訪れたのだそうですヨ
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770年 大流行した疫病を鎮めるため
畿内の国境10か所に疫神を祀り 疫祓いが行われました
その一つ 播磨と摂津の国境に祀られた厄神がコチラ
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神輿庫

1月18日〜20日には厄除祭が行われ
バスが臨時増発するほど 多くの参拝客が訪れるそうです


引いたおみくじは 「吉」
本厄の2007年 上々のスタートが切れた ・・・かな?
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by massira | 2007-01-08 01:49 | 神戸散策